-鈴鹿1000Kmがあった8月-
バトルマガジン2002年9月号より





 8月は本当に忙しかった〜。休みは一日もなかったし、暑かったし、4週続けてレースだったし。最初はなんとかなるでしょ!?とお気楽極楽に考えていたけど、完全にキャパシティーを越えてしまった1ヶ月。今週末は2〜3ヶ月ぶりに休みを取って友達と小旅行に行くんだ♪今年になってやっといい体制でレースを戦えることになって、それからずっと走りつづけてきた。(レース意外でもね)何にもしない時間とかあるとさ、今このノリに乗っている現実が逃げていきそうに感じちゃって、恐くなっていてもいられなくなり、右や左へレース活動しまくっていた。


一度どん底を体験してしまうと人間、落ちるのが恐くなっちゃうでしょ?レーサーってさ、芸能人と似たようなもんで流行りすたりがあるから、いわゆる「旬」のうちに突っ走るしかないんだよね。少しでも止まってしまうと、世間から忘れ去られちゃいそうで焦ってしまう。

だけど、さすがにここに来てちょこっと疲れた。今までの自分を冷静に見詰めなおせる時間も必要なんだよね。今まで気づかなかったな〜。“自分探しの旅行しなきゃ”とようやく思ったよ(ちょっとドラマのヒロイン風)。
 


鈴鹿1000Kmレース
なんと今回女性ドライバー3人で、鈴鹿POKKA1000Kmレースに参戦してきました。メンバーは、14才からカートを始め、現在はフォーミュラーTOYOTAレースに参戦している敦美美ちゃん。同じく11才からカートを始め、現在関西F4シリーズに参戦している東條泉美ちゃん。そして高校生の時バイクの走り屋を経て、首都高アタッカーになり、峠を攻めてはクルマを壊し、ドリフトコンテストに参戦してはエビス南の1コーナーのお世話になっていたかずみっち(笑)
 
名古屋市在住の敦美美ちゃんが言い出しっぺなんだけど、速い女性ドライバーと耐久レースに出たいということでお声がかかりました(ありがとうございます)。参戦が決まったのがわずかレース2週間前!それからは慌ただしかったわ。

TVの収録で名古屋のホテルにとまってたとき一本の電話が鳴って、出場のオファーを受けたの。私にとって鈴鹿1000Kmレースは、いつかは参戦したい!そう思っていたレースだったから、スポンサーさんの確認をとってすぐにOKをしたんだ。
 


TVの収録が終わってすぐに、ガレージに向かった。敦美美ちゃんは前から名前だけはしっていたんだけど、面と向かって話したこととかはなかったんだ。「どんな人だろう!?」やはり初めて人と合うときは心配な気持ちになる。しかし、そんな心配はまったく無用だった。会ってみるとさ、すっごくかわいい女の子なわけ。

「エ〜こんな娘がレースやってるの!?」性格も素直で明るい。彼女となら一緒にレースを戦えるってすぐに思った。

そしてレース一週間前になって、事前テストを鈴鹿で行なった。ここで初めて3人初顔合わせ。九州に住んでいる東條泉美ちゃんにこの日初めてあったんだけど、彼女がこれまた美人さん。性格もすごくいい“日本中捜せば、こんなすてきな女性レーサーがそろうんだわ”ビックリしてしまった。
 


女性ドライバーは増えた増えたとかいうけど、実はぜんぜんいないのよ。ミドルフォーミュラーで4人。GTはいないし、スーパー耐久で私だけ。女性ドライバーの友達は欲しくても、いないから出来ない。いたとしても性格が合うかわからないじゃん!?そんな現状の中、速くて性格のいいすばらしいメンバーと今回レースを戦うことが出来て、本当に良かった。

前評判も良く、連日スポーツ新聞に、我らがレディースチームは取材を受けた。
そしてレース。マシントラブルが続き、チェッカーを受けたものの規定周回数が足りなくて、完走扱いにならなかった。クラス3位だったんだけどね。東條泉美ちゃんは、初めての耐久レースということで感動して泣いていた。私は、マシントラブルで自分の力を出し切れなかったのが悔しくって泣けてきた。敦美美ちゃんはうつむいていた。
 


結果は残らなかったけど、まったく違う土地に住み違うカテゴリーで戦ってきた3人が心を一つにして戦ったことは、かけがえのない経験と思い出になった。そして別れ際には、「3人とも友達だけどライバル。お互い別の場所で腕を磨き、来年こそは表彰台に上がろうね」そう約束しサーキットを後にした・・・。



 

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