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-F4最終戦-
バトルマガジン2003年1月号より

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2003年の三上和美のレース活動も、11月18日のF4東日本シリーズ最終戦を持って無事(!?)終了。今までのレース活動の中で、一番色々あった一年だった。“こんなに色んな事件がおきていいのかな?”ってくらい沢山のことを経験したよ。あまりにもブラックすぎてここに書けない珍事件や、大事件が次々におきて、キャパオーバーして頭が何度も爆発しちゃったよ。
2003年がいい年だったか悪い年だったかと聞かれれば、「悪い一年じゃなかったけどいい一年でもなかった」。優勝宣言したスーパー耐久ではシリーズ6位しか獲得することが出来なかったし、F4ではいつも入賞圏内を走行していたけど、自分自身のスキルの問題で8位がやっと。応援してくれているカーコンビニ倶楽部やカッチャオのことを考えると、最初に約束をした順位になることができなくて、本当に悔しい。
最近は沢山の新聞やメディアに取り上げてもらうことが出来て、沢山の人々に私のことを知ってもらうことが出来るようになったと思う。でも私はあくまでも、サーキットで成績を残すことが仕事のドライバーなんだから、活躍はブラウン管じゃなくてサーキットじゃなきゃいけない。
来年の参戦予定レースについてはまだ正確には決まっていないけど、2004年は今年よりも絶対に成績を残さなきゃいけない。それが今まで応援してきてくれたファンの方やスポンサーさんに対する恩返しだし、そうでなきゃただの女性ドライバーで終わってしまう!F4については、優勝目指して来年も参戦したいと思っている。F1やフォーミュラー日本を目指しているドライバーが多いから絶対に楽ではないけど、甘い気持ちをすべて捨てて、自分に厳しく、全力でレース活動に望むつもり。
実は最終戦は、リタイヤという形でレースを終えてしまったんだ。レースウイークはブレーキトラブルが発生して、ぜんぜんタイムが出なかった。だけど予選にマシンをモディファイして、7番グリッドを獲得することが出来た。過去最高のポジション。PPの選手がすぐ近くに見えるポジションは、本当にうれしかった。5・6位の選手と私のタイムはコンマいくつしか変わりなかったので、決勝レースは絶対に表彰台に上がるつもりでいた。そして決勝。シグナルグリーンと同時にスタートした直後、なんと予選5・6・7位の選手が接触!そのうち一台がバーストしてコントロール不能になり、私のマシンに突き刺さってきた。ぶつかられた私は、そのままコンクリートウオールに激突。あえなく最終戦は、一つのコーナーも曲がることなく幕を閉じた。
自分の力を出し切ることが出来ず、わずか数秒で散った最終戦。コーナーでバトルの末リタイヤするならまだしも、ストレート上でただまっすぐ走っているときに、突然真横を向いたマシンにぶつけられて終わってしまい、なんか空回り。事故の衝撃で手を怪我してしまうし・・・。はっきり言って超悔しい!!悔しい!来年こそはぶつけられないポジションまで上って、いいレースをしたい。悔しいけど、これもレースであって現実。自分が悪いのだ。悔しいから頑張れる。これをバネに、来年はみんながあっと驚く成績を残してやるぞ!今に見てろって言うの♪ |
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